和裁士からの伝言板

和裁士の「はたる」です。一級和裁技能士が着物や和裁のあれこれを綴ります。

仕立て代が安過ぎて…

お金の話を積極的にする人はあまりいない気がします。

タブーなんですかね?

いやらしいんですかね?

お金よりも気持ちでしょ?って事ですかね?

でも、きちんとした仕事への対価はお金です。

そのお金がきちんとしてなかったらダメです。

しっかりと考えないといけません。

お金の問題はお金だけの問題では無いと思っています。

着物の仕立て代について、僕なりの考えを書いていきます。

 

仕立て屋の立場として偏った考えの部分もあるかと思います。

ユーザーさん、呉服屋さん、他業種の方々からの意見があれば是非聞かせていただきたく思います。

 

普段は、ユーザーさん・呉服屋さんと書くのですが、頻出するので「さん」は省略します。

 

 

 

 

着物の仕立て代の相場は?

分かりやすく、女物袷長着の小紋の仕立て代で考えていきます。

HPを持っている仕立て屋は沢山います。

HPを見てみると、値段は個々で違うし地域の物価も影響するのですが、だいたい2〜3万円です。

但し、これは個人客から頂く金額です。

呉服屋から頂く金額はもう少し低いと考えられます。

仕立て屋は個人客よりも呉服屋から仕事を多くもらっている事がほとんどだと思います。

なので、2万円も貰えないという人も多いでしょう。

 

2万円は安いの?高いの?

安いです。

1枚を仕上げるために1日8時間労働で3日は欲しいです。

ほとんどが個人で仕事をしています。

我々の仕事は縫うだけと思われがちかもしれませんが、そんな事はありません。

寸法算出、反物検査、アイロン当て、裁断、縫製、仕上げ、納品、伝票管理、経理、糸や付属品の管理や発注、その他雑務…

これらの作業を含めたら、1枚当たり3日は必要です。

24時間で2万円…

違います。

糸や針や事務用品などの消耗品費、光熱費、通信費、税金などが引かれます。

呉服屋によっては、こちらが納品に行かなければいけません。その場合はさらに時間がかかる上にガソリン代がかかります。

いったい24時間でどの位手元に残るのでしょう?

1万5〜6千円位?

時給700円に届きません。

 

適切な価格は?

サラリーマンの年収で考えてみます。

平成30年でのサラリーマン平均年収は440万円です。(男女全体、賞与込)

沢山貰っている人は、より多く貰っているので、中央値はやや下がるでしょう。

キリ良く400万円とします。

年間300日働いたとして、100枚仕立てられる事になります。

という事は、1枚の仕立て代は4万円が…

違います。

有給も無いし、退職金もありません。

その辺りも考えると1枚当たり4万5千円でサラリーマンに追いつくと考えます。

 

何故こんなに安いのか?

そんなのは僕が聞きたいです。

なので、恐らくこうではないか?という話をします。

昔は和服が普段着で(そもそも洋服が入ってきたから和服という言葉が生まれた)、その裁縫は家事のひとつだったはずです。

仕事としての和裁も主婦による内職がほとんどだったのではないでしょうか?

僕の祖母も内職で和裁をしていました。

内職だから安い。

和裁の組合が作られ、その頃から仕立て代の値上げは仕立て屋全体の課題だったようです。

少しずつですが値上がりしていったのが古い資料から分かります。

それでもやっぱりまだ安い。

で、現在の仕立て代は平成の初めからほとんど変わっていないと思います。

色々事情があるのでしょうが、これが非常に不可解。

消費税は10%になり、物価も2割は上がっているのではないでしょうか。

糸や針や付属品はどんどん値上げされます。

光熱費もどんどん上がる。

年金の支払いもどんどん上がる。

それなのに仕立て代は変わらない。

相対的に収入はメチャクチャ落ち込んでいるはずです。

それなのに仕立て代は変わらない。

何故なのか?

 

昭和後期に活躍していた人がバブルという成功体験をしたと思います。

この人達の頑張りで日本はとても成長したはずなので尊敬している事は間違いありません。

ただ、バブル崩壊後、大きな時代の変化に対応しきれなかったのではないでしょうか?

業界内での地位を確立して、ある程度の資産も築き、成功体験も頭の中に残り、様々な意味での余裕の様な物を手に入れたのではないでしょうか?

右肩下がりになっても、それまでの右肩上がりの余韻が危機感を薄れさせたのでは…

表面上は次の世代にポジションを受け渡しても「自分達はこうやってきた」と言い、その自負からかリーダーシップを遺憾無く発揮し続け、次の世代を押さえ込んでいる様に僕の目には映ります。

自分の残りの未来を切り抜ければ充分という考えが根本にあったのではないですか?

業界全体を考えたらゴールなんて無いのに、自分達のゴールを見据えていたのではないですか?

現状把握と未来設計が重要なのに、どちらの認識もおかしかったのではないですか?

世代交代失敗してませんか?

仕立て代だけでは無く、この業界自体が変わらないままなのかも…

 

これ、

大した経験もしていないくせに、何も知らないくせに、何を言っているんだ!

と怒られそうだな…

でも、そう感じるんだよなぁ…

 

 

仕立て代が安過ぎて…

仕立て代は安いまま、相対的には下がってきて、どうなったか。

技術者の激減です。

 

年齢によるリタイア。

これは仕方ありません。

現在60代後半以上の方々は、この業界がグングン成長している時に修行をし、活躍された方々です。

物凄く沢山の方々が和裁をされていました。

今、その方々が辞めていくのは必然です。

 

本当の問題は「減っている」事では無く「増えていない」事です。

技術者を育てようとする所も減っていて、技術者になろうとする人も減っています。

 

技術者を育てる所、つまり和裁所ですが、複数の生徒を抱えていて、生徒は指導を受けながら商品を縫うという仕組みです。

何故減っているのか。

和裁所は生徒が縫った商品の収入で経営し、収入の一部は生徒に還元。

生徒は指導料を払わずに済み、僅かではあるが収入を得る。

昔は仕事も多く生徒も多かったため、1枚当たりの収入が少なくても薄利多売の様な事で和裁所は維持できていたのでしょう。

それができなくなって和裁所の経営が厳しくなっています。

 

技術者になろうとする人の減少は少子化ですから当然ではありますが、それでも選ばれる職種はきちんと選ばれているわけです。

何故和裁は選ばれないのか。

稼げないから。

稼げなければ選ばれないのは当然です。

就職するに当たり給与は最重要項目です。

どの程度稼げるか分からないまま修行を始める人も多いですが、才能があり技術を身に付けても生活ができずに辞めていく人が多くいます。

もちろん続けている人もいますが、その多くは主婦で家事や育児の合間に仕事をしています。

和裁ひとつで生計を立てるのが厳し過ぎるのです。

それでは技術者が増えるわけもありません。

 

 

このまま行くとどうなるのか?

それでも技術者になろうとする人がゼロになる事はないでしょう。

それよりもまず指導者がいなくなるのではないかと思います。

 

当然、指導者を育てる事をしなければ指導者は生まれません。

指導者になるには沢山の生徒を指導しなければいけません。

生徒が少なければ指導をする機会が減り、なかなか良い指導者は育ちません。

 

指導をしている間は自分では仕事ができません。

生徒が縫った商品の収入が指導者の収入に繋がるわけですが、生徒が縫うスピードは遅いので、沢山の生徒がいないと成り立ちません。

薄利多売を前提とするやり方では生徒が少な過ぎるのです。

 

指導者を育てる環境も、指導者として仕事をする環境も無くなりつつあります。

 

現在、指導者として活躍されている人の年齢は40代以上ではないかと思います。

この中で、技術者だけでなく指導者を育てている人はどの位いるのでしょう?

 

指導者がいなくなれば消滅確定です。

和裁をゼロから始めて、しっかりした指導者になるには15年はかかる気がします。

現在、指導者の最低年齢が40歳として、75歳で引退すると考えます。

そうすると、60歳までには育て始めないといけませんが、100%の確率で育つわけではないので55歳までには育て始めたい。

あと15年。

自分の子供に跡を継がせたいという声は今のところ僕は聞いた事が無いので、身内以外から入ってきてもらう事になります。

和裁とは縁の無い人に、和裁の事、和裁の魅力、和裁で充分な生活ができるという事をアピールしなければいけません。

アピールし始めてから浸透するまでに5年。

そうすると、あと10年で和裁の労働環境を改善させないと消滅がはっきりと見えてきます。

 

30年変えられなかったものを、あと10年で変えないといけない。

僕の勝手な計算ですが、どう思いますか?

 

 

誰が悪いのか?

・呉服屋が悪い

仕立ての技術を、仕立て屋の価値を軽視していないだろうか?と感じます。

軽視していなくても、技術そのものを知らないのかなとも思います。

どの位の手間がかかっているのか、どれほど難しい事をしているのか、それに見合った賃金なのかをしっかり考えていただきたい。

コートは衿の形に関わらず一律の値段を要求される事があります。

道行衿と都衿では難易度が全く違います。

化繊の着物だから安くしてくれと言われる事があります。

化繊は熱に弱いためコテやアイロンを高温にできません。

そのため、折りが付きにくく時間がかかります。

正絹よりも高くしてほしいくらいです。

 

さて、呉服屋は何を売っているのでしょうか?

単に布を売っているわけではありません。

衣服を売っているのですよね?

仕立ての良し悪しは着心地に直結します。

着心地によって顧客満足度が大きく変わります。

仕立て代は安ければ安いほど良い、それでは仕立て屋は100%のパフォーマンスができません。

安かったとしても手は抜きたくない。

しかし生活をしていかなければならない。

優良から良へ、良から可へと落とさなければいけない状況にもなります。

不可の仕立ても出回っています。

安かろう悪かろうになり得るのです。

良い仕立てを選び、品質に見合った仕立て代を支払っていただきたいと思います。

 

・ユーザーが悪い

安ければ良いと思っていませんか?

どんな製品も人が関わっています。

人が手間をかけています。

仕立て代を聞かれて、答えた瞬間に「高い!」と言われる事もあります。

何を基準にして、どの様に考えて高いと言うのか…

洋服の業界でのファストファッションの問題は知っていますか?

バングラデシュの縫製工場での事故を知っていますか?

ハイブランドでも労働環境問題がある事を知っていますか?

着物の業界でも似たような問題が起きています。

どの様な生産・販売が正しいと言えるのか、今の生産・販売は正しいのか。

消費者の8つの権利と5つの責任

もっと考えるべきなのではないでしょうか。

 

www.fashionsnap.com

 

news.yahoo.co.jp

 

・仕立て屋が悪い

自分の技術を過小評価し過ぎています。

できるだけ安く提供したい。

確かにそうなのですが、安ければ安い程良いと一番思っているのが仕立て屋かもしれません。

我々はモノではなく技術を売っています。

仕立て代を安くするという事は、技術の価値を下げるという事と同義になってしまいます。

必要以上に取ってはいけませんが、必要な分は取らないといけません。

 

何故取らないのか?いや、取れないのか?

 

何かしらの取り引きをする場合、対等な立場での取り引きが健全です。

立場が対等で無いと不公平な取り引きになり、下の立場の者は従わざるを得ない。

仕立て屋の仕事のほとんどは呉服屋から来ていて、呉服屋に依存している状態に近い気がします。

「この金額でできないなら他へ回す」と言われてしまうと断り難い。

技術の過小評価・呉服屋への依存によって「自分の価値はもっと高い!」と言えないのではないでしょうか。

 

 

同業の女性に、

男の人が和裁で…大変よね…

と言われることがあります。

これはどういう意味でしょうか?

「大変」というのはもちろん金銭的にです。それはわかります。

女性なら大変ではないのでしょうか?

そんなことありません。女性も大変です。

では、女性なら大変でも良いのでしょうか?

女性なら低賃金でも仕方ないと思っているのでしょうか?

こんな考え方が自分たちの中に染み込んでしまっていませんか?

 

 

人に「和裁をやっています」と言っても「ワサイって何ですか?」と言われてしまうのが現状。

存在すら知られていない。

これでは我々の価値なんて分かるわけもない。

誠実な仕事をしていればそれで良い。

本当にそうでしょうか?

技術の価値の再確認・呉服屋やユーザーへの自己アピールをして、自分の価値を高める努力をしなければいけないでしょう。

 

 

持続可能な業界へ

4万5千円という具体的な金額を算出しましたが、現実的では無いと思っています。

現状とかけ離れ過ぎていますので。

僕は現状が異常だと感じます。

布を着物に変化させているのは仕立て屋です。

仕立て屋がいなくなったら着物業界は回らなくなります。

もちろん仕立て代が高過ぎて売れなくなってはいけませんが、今のままでは危険です。

どの様にすれば持続可能となるのか、みんなが考えていかないと。

伝統だからと言って無理矢理残すのは違うと思うけれど、何も考えずに消えてしまったら残念ですよね。

 

マイナスイメージになってしまう事を沢山書きました。

でも、とうとうダメになってから「前から危険な状態でした」と言っても遅いから。

 それと、今回の内容は現状認識と目標設定でもあります。

このふたつをはっきりさせないと、どの様に行動すべきかが決まりません。

自分に何ができるのか。

それについてはまた今度書いてみようと思います。

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